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      <title>ロバじいさんのブログ</title>
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      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2009</copyright>
      <lastBuildDate>Sat, 05 Dec 2009 00:15:52 +0900</lastBuildDate>
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            <item>
         <title>讃岐うどんの文化が根強くうどんのみの店が多く</title>
         <description><![CDATA[讃岐うどんの文化が根強くうどんのみの店が多く、そばがある場合でもうどんの金額に50円～100円の追加が必要な場合もある。店内には椅子席が中心のため立ち食い式も少ない。しかし阿波池田駅の祖谷そばなど例外もある。 
高松駅の構内では、かつて宇高連絡船の甲板で営業していたうどん店が立ち食いで営業しており、連絡船時代の味を残している。ただし、当時の味を再現したものであり、麺だけはJR四国グループのうどん店「めりけんや」が作ったものである。そのため、雰囲気を重視するか、味を重視するかで賛否が分かれるが、連絡船のうどんを知らない観光客には、おしなべて好評の様子。 
松山駅の構内では、愛媛県名物のじゃこ天うどん（そば）が好評。

うどん中心の地域であり、うどん麺は常にすぐ出せるように準備されているが、蕎麦はすぐ出せないという店が多い。蕎麦の場合は四国同様に追加料金が加算される店もある。 
特徴的な種物としては「ごぼう天」（「ごぼ天」とも言う）と「丸天」が挙げられる。「ごぼう天」とは、主にゴボウの掻き揚げを指すが、斜め切りまたは拍子木切りにして個別に揚げたものを用いる地域もあり、シャキシャキとした食感が好まれる。「丸天」とは薩摩揚げに似た大判の蒲鉾天ぷらの事である。甘みは薩摩揚げほどではなく、また前述の立川駅で見られる「おでん」とは異なり、特に味付はなされていない。 
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「天ぷらうどん」あるいは「天ぷらそば」を注文すると、上記の「丸天」が乗って出てくる場合がある。 
九州地方の立ち食い店では、大抵プラスチック製の丼で供され、わずかな容器代を追加すれば車内に持ち込む事も可能である。
福岡県を中心とした北部九州地区では、柔らかい食感とやや平たい断面が特徴的の「博多うどん」が提供される。また、北部九州の代表的な駅弁の「かしわめし」を販売する業者が駅のうどん店を営業している場合が多く（折尾駅、鳥栖駅など）、葱以外に具のない「かけ」を注文した場合でも、鶏肉の細切れを甘辛く煮た「かしわ」と呼ぶものが入っている場合が多い。 ]]></description>
         <link>http://doritol.tengumura.com/2009/12/post_57.html</link>
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         <pubDate>Sat, 05 Dec 2009 00:15:52 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>歴史上重要な核実験</title>
         <description><![CDATA[歴史上重要な核実験の一覧を次に示す。広島と長崎の原子爆弾の投下に加え、既定の兵器のその国における初の核実験、さもなければ、例えばこれまでに最も大きな核実験だったなど顕著だった核実験が含まれる。すべての核出力（爆発力）は、推定エネルギーと等価とされるTNTの質量（kt）で与えられる。

表中の「実用兵器/非実用兵器」は、実験された装置が（理論実証装置と対照的に）実際の戦闘において仮定として使われることができたかどうかを意味する。

実験する核爆弾が初期の核爆発を起こすために大規模な機器に取り囲まれているようでは、実用的な兵器とは言えない。「多段階/非多段階」は、それがいわゆるTeller-Ulam構成の“本当の”水素爆弾か単に増幅核分裂兵器の形態であったかどうかを意味する。

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なお、ツァーリ・ボンバと1998年のインドとパキスタンによる実験の核出力のように、いくつかの核実験の正確な核出力の推定は、専門家との間で論争となっている。

核実験は、軍事的・科学的な実験に留まるものではなく、政治的なプロパガンダの役割を果たす場合も少なくない。特にソ連や中国においては、「米帝」などに対する「やむにやまれぬ」「苦渋に満ちた」核実験であると表明するケースも少なからずあり、同時に国力を誇示する役割を果たす場合も少なくない。こうした例は、中国の記録映画『中国の核実験』の作成・上映などといった形態で見ることが出来る。北朝鮮の核実験もまた、同様の性質を持っているといえよう。]]></description>
         <link>http://doritol.tengumura.com/2009/11/post_56.html</link>
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         <pubDate>Sun, 29 Nov 2009 03:51:29 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>いろは坂</title>
         <description><![CDATA[いろは坂（いろはざか）は栃木県日光市馬返から、同市中禅寺湖畔間の国道120号の坂道を指す。
「いろは坂」の名称は、は第一いろは坂と第二いろは坂の二つの坂に存在する48のカーブを、いろは48音に例えたのが由来である。

馬返から中禅寺湖への登り方向を第二いろは坂と言い、「い」から「ね」までの20のカーブが、中禅寺湖から馬返への下り方向を第一いろは坂と言い、「な」から「ん」までの28のカーブがある。第二いろは坂は馬返から明智平までが上り方向に、第一いろは坂は全線が下り方向に、それぞれ一方通行である。

第二いろは坂の途中には「黒髪平（くろかみだいら）」、「明智平（あけちだいら）」とそれぞれ呼ばれる駐車場が2か所ある。いずれも休憩場所となっている。
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明智平の方はロープウェーも走っており、展望台からは華厳の滝や中禅寺湖が一望できる。道路はここから中禅寺湖までが対面通行となっているので、上から下りてくることもできる。

急な勾配とカーブが続き、秋には沿線の紅葉が美しいところで有名である。そのためその季節はかなり混雑する。沿線には野生のサルが姿をあらわすが、最近ではサルに餌付けをする観光客が後をたたなくなってきている。このため、付近一帯はサルによって土産物等が奪われたりするなどの被害が続出している。]]></description>
         <link>http://doritol.tengumura.com/2009/11/post_55.html</link>
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         <pubDate>Tue, 24 Nov 2009 15:26:10 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>気の正体については</title>
         <description><![CDATA[気の正体については、赤外線説だけでなく、微弱な生体磁気の変化に伴う情報伝達であるという動物磁気説も古くから存在する（詳細は、フランツ・アントン・メスメルの項目を参照のこと）。人の脳には磁気に敏感に反応する生体マグネタイトと呼ばれる磁気感知の為の物質が大量に存在することが分かってきており、普通の人は通常意識出来なくとも無意識のうちに脳はそれらの情報を感知しているとも言われている。ダウジングが可能なのも、人の脳がごく微弱な磁気の変化を感知できる優れた能力を潜在的に備えていることに由来するという説を唱える人もいて、これについては、特命リサーチ200Xなどのテレビ番組で繰り返し採り上げられている。人の体は神経を流れる脳からの電気信号で動いているが、これに伴って生体磁気のあり方も様々に変化する。気功師が気を発するときには、てんかんの発作に似た特殊な脳波の状態になっていることなどが確認されているケースもあり、平常時とは異なる生体磁気のパターンが見られることが注目されている。生体磁気の情報が人から人へと伝わることが、背後の人の視線を気配として感じ取る、殺気を感じるといった、気にまつわる様々な現象として日常的にも知覚されているのだと説明を試みる人もいる。オーリングテストの研究によって、人体が無意識のうちに磁場に反応し、脳の活動にも影響を与えていることが確認されている。
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気功のメカニズムを生体磁気説の側から解き明かそうとする幾つもの実験が行われている。たとえば、気功師が発する生体磁気を脳磁場計測装置（超伝導量子干渉素子MEG）などを用いて計測し、電磁流体（プラズマ）をコンピューターで緻密に制御する技術を応用して、無数の電磁石に相当するものを作り出せるタイプの特殊な経頭蓋磁気刺激装置を用いて再現することで、外気功による治療過程を再現する試みなどである[要出典]。しかし、いまだ全ての現象を解明するには至っておらず、不明な点も多い。]]></description>
         <link>http://doritol.tengumura.com/2009/11/post_54.html</link>
         <guid>http://doritol.tengumura.com/2009/11/post_54.html</guid>
        
        
         <pubDate>Wed, 04 Nov 2009 02:51:52 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>吹送流</title>
         <description><![CDATA[吹送流（すいそうりゅう）は風が海面に及ぼす応力によって生ずる海流。風の応力によって海面に運動が起こり、渦粘性のためにその運動は次第に下層に及び、風向がかなり長い間一定であれば定常状態に達する。大規模な場合、風成海流（ふうせいかいりゅう）と呼ばれることもある。ごく海水表面にしか海流が流れない場合、皮流（ひりゅう）と呼ばれる。また川の水などが外洋に流出する場合、この水は外洋水の上に非常に薄い層をなして広がることがあり、このような流れも皮流とよばれる。 
傾斜流（けいしゃりゅう）とは何らかの原因によって海面に傾斜ができると、そのために生じた海流の圧力分布と平衡を保つために流れが生ずる海流のことである。 
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密度流（みつどりゅう）とは海水の密度分布、すなわち水温と塩分の分布によって生ずる海流のこと。これはヴィルヘルム・ビヤークネスらが提唱した力学的海流推算法によって海水の密度分布から算出した海流が実際とよく一致したために、海流の成員が海水の密度分布であるかのように考えられたのである。しかしこれは流体の運動方程式を書き直し海流と密度分布との関係を導いたものであって、密度分布が海流の成因なのか、海流の成因はほかにもあって密度は海流に対応するように分布したものであるかどうかは分からない。最近では厳密に密度流と考えられる海流は、深層以外には存在しないものと考えられている。 
補流（ほりゅう）は海水の移動に伴って、他の海水がそれを補うように流れることによって生じる海流。よって吹送流などと比較すると二次的なものである。補流の性質を持つものとしては北赤道海流と南赤道海流の間にある赤道反流などが挙げられる。また、補流の一種として湧昇流、沈降流のような鉛直方向の流れも考えられる。 ]]></description>
         <link>http://doritol.tengumura.com/2009/10/post_53.html</link>
         <guid>http://doritol.tengumura.com/2009/10/post_53.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 29 Oct 2009 00:45:51 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>日本にはサブカルチャー、ホビーの一つとして</title>
         <description><![CDATA[21世紀現在に日本にはサブカルチャー、ホビーの一つとして、クワガタムシやカブトムシなどの甲虫類は、鑑賞価値があり、飼育するファンが多く、10万人単位の愛好者がいるといわれる。これらはおもに成人によるホビーであり、先述した児童による古典的遊びとは趣が異なる。

特別な乾燥耐性を持つネムリユスリカは、教材として乾燥状態で販売される予定である。

今日の日本においては、昆虫食はあまり一般的ではなく、どちらかと言うとゲテモノ料理や珍味として扱われる機会が多い。その中でイナゴ（佃煮）は全国的に食べられていると言ってもよく、ハチ、セミ、ゲンゴロウ、トビケラやカワゲラ（ざざむし）、カイコガ、カミキリムシ等も食用とされることがある。信州のハチの子の佃煮のように郷土料理や名物になっている地域もある。
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世界的にはタガメやアリ、甲虫などの昆虫の幼虫を食べる文化を持っている国や地域、民族は多い。特に気象条件や地理的な問題で他の食材が手に入りにくい土地の場合、貴重な栄養源となっていることは当然である。

栄養価の面からみると、一般的に昆虫はタンパク質やミネラルを豊富に含むため、人口爆発や砂漠化により、将来的に世界規模の食糧危機が起こった場合に、繁殖が早い昆虫は重要な食料となるとの見方もある。中国では、セミなどの昆虫およびサソリ等の食用飼育業者がある。]]></description>
         <link>http://doritol.tengumura.com/2009/10/post_52.html</link>
         <guid>http://doritol.tengumura.com/2009/10/post_52.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 18 Oct 2009 13:24:21 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>バイヤー法（—ほう）はアルミナ（酸化アルミニウム）の</title>
         <description><![CDATA[バイヤー法（—ほう）はアルミナ（酸化アルミニウム）の主要な工業的製造法である。ホール・エルー法と併せ、アルミニウムの製造において重要である。

アルミニウムを含む主な鉱石であるボーキサイトは 40% から 60% しかアルミナ (Al2O3) を含んでおらず、残りの成分はシリカ（二酸化ケイ素）、種々の酸化鉄、二酸化チタンである。そのため、金属アルミニウムの精錬に供する前にアルミナを精製する必要がある。バイヤー法では、まずボーキサイトを水酸化ナトリウム (NaOH) の熱溶液で 250 ℃ で洗浄する。この過程でアルミナは水酸化アルミニウム (Al(OH3)) に変換され、以下の化学式に示すような反応によって溶解する。

Al2O3 + 2 OH− + 3 H2O → 2 [Al(OH)4]− 
このときボーキサイト中の他の成分は溶解せず、固体の不純物としてろ過により除去できる。次に溶液を冷却すると、溶けていた水酸化アルミニウムは白色の綿毛状固体として沈殿する。これを 1,050 ℃ に加熱すると脱水が起こってアルミナが生成する。

2 Al(OH)3 → Al2O3 + 3 H2O 
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 歴史 [編集]
1888年にオーストリアの化学者、カール・ヨーゼフ・バイヤーによって開発された。バイヤーは、綿を染色する際の媒染剤として繊維工業に用いられるアルミナの供給法に関してロシア・サンクトペテルブルクで研究を行い、1887年、中和によって酸性の溶液から沈殿させた水酸化アルミニウムはゼラチン状で洗浄するのは難しいが、アルカリ性の溶液から沈殿させた水酸化アルミニウムは結晶性が良く、容易にろ過・洗浄が行えることを見出した。

これに数年先立ち、フランスのアンリ・ルシャトリエはアルミナを得る方法としてボーキサイトを炭酸ナトリウム (Na2CO3) 中で 1,200 ℃ に加熱して脱水し、アルミン酸ナトリウムとしたのち二酸化炭素 (CO2) で水酸化アルミニウムを沈殿させ、ろ過・乾燥するというものを開発していた。しかし、この方法はバイヤー法の登場によって廃れてしまった。

アルミニウムの電解精錬法が1886年に開発されると、バイヤー法の冶金学における重要性が増した。また、1887年にシアン化法が発明されたことにより、バイヤー法は現代的湿式冶金の金字塔となった。

今日でも、バイヤー法はほぼ変わらず全世界でアルミナ製造の中間過程として利用されている。

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         <pubDate>Fri, 19 Jun 2009 04:48:46 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>日本のシロアリ </title>
         <description><![CDATA[日本本土に分布する種では、ヤマトシロアリ Reticulitermes speratus (Kolbe,1885)と、イエシロアリ Coptotermes formosanus (Shiraki, 1905)が普通である。この2種はいずれもミゾガシラシロアリ科に分類される。

ヤマトシロアリは枯れ木の中に巣穴を作って生活している。巣穴は網目状になった孔の連続からなり、シロアリはその周辺を食べながら巣を広げる。場合によっては表面に木くずを積み重ねたトンネルを造ってその中を移動する。広い面積を食べることは少ない。

一方、イエシロアリは地下に穴を掘り、木くずや土でかためられた大きな巣を作り、この中に女王がいる。この巣を中心にしてトンネルを掘り、あちこちを食うので木造家屋などでは大きな被害が出る。根絶は難しいが、巣を発見・摘出することによって被害の進行をあるていど止めることが出来る。なお、イエシロアリはIUCN（国際自然保護連合）により、「世界の外来侵入種ワースト100」に指定されている。

南西諸島では、シロアリの種数は遙かに多く、10種を超える。その中には地下に巣を作り、オオシロアリタケというキノコと共生関係にあるタイワンシロアリや、樹上にスイカほどもある大きな巣を作るタカサゴシロアリなど、興味深い種も含まれる。

また、日本最大のシロアリは鹿児島以南に生息するオオシロアリである。
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建築害虫であるシロアリの駆除を専門とする業者が多く存在する。多くはシロアリ薬剤を柱の食害部分に直接注入したり、周りに散布する方法が取られる。人体に対する影響が大きい亜ヒ酸は現在使用禁止になっている。日本しろあり対策協会は和歌山県高野町の金剛峯寺にシロアリの墓を建て、定期的に慰霊祭を行っている。高野山に行けば、歩道からシロアリの墓を確認することができる。

昆虫食の対象として、トカゲやチンパンジー、オオアリクイ、クマなど、シロアリを好んで食べる動物は少なくないが、ヒトでも食料とする地域や民族がある。人間がシロアリを食用にする場合、採取に著しい労力が必要なうえ消化管に枯死植物質が充満した働き蟻ではなく、繁殖期に巣の外に大量に出現する生殖虫、すなわち雄と雌の羽アリを集めて食料とするのが普通である。

スーダンなどアフリカ諸国ではこれらの羽アリを採取し、油で揚げて販売する。フィリピンには、すりつぶしてスープの具にする地区もあるという。他にも中国・雲南省やタイ北部でも生食やスープなどにして食べられている。シロアリには6％程度のタンパク質、0.1％程度の鉄分が含まれ、栄養価値は高いといわれる。

なお、シロアリそのものではないが、シロアリの培養するキノコであるシロアリタケはキシメジ科に属する食べられるもので、かなり美味なキノコとして扱われることが多い。中国の一部では庭にアリ塚を移植して、そこから発生するシロアリタケを食用にするとも言われるし、日本のキノコ培養性のシロアリであるタイワンシロアリが八重山諸島と沖縄島の那覇周辺に隔離分布するのは、琉球王国の宮廷料理に使うために、八重山から那覇へ移植が行われたためとする説がある。

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         <pubDate>Mon, 01 Jun 2009 11:09:11 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>士農工商</title>
         <description><![CDATA[士農工商（しのうこうしょう）とは、儒教において社会を構成する主要な身分（官吏・百姓・職人・商人）の上下関係を指す概念である。「四民」ともいう。ただし、日本では「士」は「侍」に置き換えられ、工と商に区別はなく一括して町人と認識されており、百姓（農）と「町人」との間に序列はなかった。

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士農工商とは中国の春秋戦国時代（諸子百家）における民の分類法で例えば『管子』には「士農工商四民、国の礎」と記されている。士とは支配階層であり、他の三民は被支配階層である。『荀子』や『春秋穀梁伝』のように「士商工農」とするものもあるが、中国では伝統的に土地に基づかず利の集中をはかる「商・工」よりも土地に根ざし穀物を生み出す「農」が重視されてきた。商人や職人に自由に利潤追求を許せば、その経済力によって支配階級が脅かされ、農民が重労働である農業を嫌って商工に転身する事により穀物の生産が減少して飢饉が発生し、ひいては社会秩序が崩壊すると考えたのである。これを理論化したのが、孔子の儒教である。しかし、日本では儒教の思想よりも礼節の面が受け入れられ、江戸幕府では道徳的実践を重んじる朱子学が「官学」と定められた。なお、慶長8年（1603年）にイエズス会の宣教師が出版した『日葡辞書』と呼ばれる辞典には「士農工商」の項目が収録されている。このころまでに「士」が武士を意味していたことがわかる。]]></description>
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         <pubDate>Wed, 29 Apr 2009 07:10:54 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>劉 章（りゅう しょう)</title>
         <description><![CDATA[劉 章（りゅう しょう、紀元前200年 - 紀元前177年）は、前漢前期の皇族。斉王劉肥（悼恵王）の次子で、劉邦（高祖）の孫。哀王・劉襄は兄。諡号は城陽景王。共王・劉喜の父。

 生涯 [編集]
紀元前186年、兄の代理として弟の劉興居と共に都に参内した時に、彼は朱虚侯に、劉興居は東牟侯に封建される。同時に、呂雉の甥である呂禄の娘を妻に持つ。だが彼は呂雉を筆頭とする呂氏一門の専横を快く思ってはいなかった。

紀元前181年に、劉章は呂雉から酒吏（宴会の司会・幹事長）を命じられ、この時、願い出て軍法に基づいた進行を行ないたいと願い出て、許された。劉章はこの宴会の余興で民謡にかこつけて呂雉がいるにも関わらず、呂氏一門の専横を皮肉り、さらにいずれは報いが来て破滅するだろうとの内容の歌を歌い、また、宴席を勝手に中座しようとした呂氏一族の一人を斬り殺し、呂雉に向かって、「軍法に従い、これを処刑いたしました」と報告した。呂雉は自身が許可したことなので劉章を叱責することも出来ず、劉章はこれ以降、気骨のある人として、高い評価を受けることになる。劉章はこの時、満20歳だった。

紀元前180年、呂雉が死亡すると、呂氏の帝位簒奪の動きを知り、兄の哀王（劉襄）の下に使者を送って反乱を起こさせ、自身はこれに呼応する形で周勃、陳平らと共に長安でクーデターを起こし、呂氏一門を尽く誅殺した。この直後、代王劉恒が長安に入り、皇帝に即位（文帝）する。

文帝の即位に伴い、かつて亡父・劉肥が魯元公主に献上した、城陽郡を文帝から斉国に返還された。先年のクーデターの功績により、紀元前178年に劉章は、その城陽王に封建された。しかし、クーデター決行直前に劉章は、周勃らの重臣とクーデター成功の暁には、劉襄が皇帝に、劉章が斉王になるとの密約を交わしていたとされるが、劉襄の外戚・駟鈞ら駟氏一族に野心家が多く、呂氏の二の舞になりかねないことを理由に取り止めとなり、劉恒が皇帝として擁立されることになった。劉章は内心不満であったものの、城陽王に封建されたこともあり、領国に赴いた。紀元前177年に劉章は在位2年で若くして病没した。齢24。嗣子の劉喜が後を継いだ。

彼の没後、彼の領地であった城陽近辺には彼を祀る廟が多く建立され、多くの信仰を集めた。

前漢の政権を奪った新に対して山東地方を中心に大規模な反乱が起こった際には、城陽景王劉章を信仰する集団が劉章の末裔から籤引きにより劉盆子を選び擁立した。

『三国志』武帝紀注引『魏書』によれば、後漢末期においても城陽景王信仰は続いていたが、曹操が済南国相となった際に、信仰が民の害となっているのを見て、祠を全て取り壊させ、祭祀を禁止した。

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         <pubDate>Mon, 13 Apr 2009 13:14:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>博多人形</title>
         <description><![CDATA[博多人形（はかた にんぎょう）は、福岡県の伝統工芸品の一つ。福岡市の博多地区で作られてきた。現在では博多地区外でも多く製作される。

発祥には諸説があり、陶師（すえし）の中ノ子家、博多祇園山笠の小堀流山笠人形の流れを汲む白水家、瓦職人の正木宗七（惣七）の3説が有力とされていたが、現在では学術的研究が進み、1600年代に博多の町で陶師を営んでいた中ノ子家より転業した中ノ子安兵衛・吉兵衛親子と、小堀流山笠人形の流れを汲む白水家との複合的要因が最も有力とされている。「中ノ子」の苗字由来にはこれまで諸説ある。

中ノ子家の歴史は古く、中世に瀬戸内海の豪族である越智・河野通継（おち・こうのみちつぐ）の四男・通成（みちなり）の子で、母方の「中ノ子」姓を名乗ったことを祖とする。「中ノ子」は本来「仲子」と書き、「なかのこ」という苗字はそれより以前の800年代より、山口県二俣神社の歴代宮司である「仲子」氏として知ることができる。この宮司系である仲子が越智・河野家に嫁ぎ、その子が人偏の取れた「中ノ子」を名乗ったというのが、現在の通説とされている（山口県大三島大社系図による。）。中ノ子・仲子・中野子・中子・中之子といった、読みが「なかのこ」になる苗字は、一類同属であると古文書に記されている。

1400年代～1500年代の記録は少ないが、1600年(慶長5年)からの記録が、檀家である博多・宗玖寺の過去帳に残されている。それによれば、「初代陶師」として中ノ子長右衛門が下祇園町に住んでいたことが記録されており、陶器等を作っていたものと思われる。大乗寺前町に住んでいた8代陶師中ノ子長右衛門 (安兵衛) が、幕府の規制により長男・9代長右衛門 (長伝) に家業の陶師を継がせ、次男・長四郎(吉兵衛)には土産品向け土人形の制作を行なわせた事が、博多人形の祖である博多素焼人形の起こりである。

その後、安兵衛・吉兵衛親子が制作した土産品向け土人形は広く博多の町に広がり、諸国貿易 (全国流通) も盛んに行なわれるようになり、師弟関係による同業者が増えていった。1821年頃 (文政4年頃) のことである。1890年(明治23年)に、第3回内国勧業博覧会が行なわれ、その際に出品していた博多素焼人形が好評を博し表彰されるが、この表彰状に「博多人形」とだけ記されていたため、これが公に広まり博多人形の誕生となる。よって、博多人形の誕生は1800年代であり約200年の歴史がある。また、中ノ子家の陶器制作までを含めると、約400年の歴史ということができる。1976年に人形の部で伝統的工芸品として通商産業大臣の指定を受ける。中ノ子家直系の人形師は現在、現代博多人形作家の中ノ子富貴子氏、基高氏 (親子) 、古形博多人形作家の中ノ子勝美氏がいる。

他に、中ノ子家には博多人形とは異なる独自の色焼込人形である「中ノ子焼人形」が中ノ子吉三郎の時代より伝わっているという。色焼込人形は、人形が生地の状態(焼く前の状態)においてすべて彩色されており、素焼温度(800度～850度)よりも遥かに高い温度で焼き付けることによって、焼き上がりの状態で完全な発色が完了するものという。年間1本～数本の供給しかなく、非常に価値の高い作品であるという。
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正木家は1600年(慶長5年)に正木宗七が黒田藩御用瓦師として、博多の地に移り住んでいる。中ノ子安兵衛・吉兵衛の住む下祇園町とは隣同士の町に住むなど、技術協力があったかのように推測できるが、正木家は瓦土を使用した瓦及び焼物を作っており、その技法は「宗七焼」(惚七焼とも)と呼ばれる一子相伝の技を妙とするため、近似である博多素焼人形との技術協力があったとは考えられない。よって現在では、正木家及び宗七焼は、博多人形に多少の文化的影響力を持っていたと推測されるものの、交流は全く無かったと考えられている。正木家及び一子相伝の宗七焼は、明治6年に没した6代目弘茂によって、途絶えている。現在の博多人形作家の師弟関係の中に、正木家の流れを汲むものは居らず、また正木家において博多素焼人形及び博多人形が焼かれたという記録・作品も無い。

白水家は小堀家の流れを汲む家である。小堀家は京都の細工人形師であり、現在より500年以上前に博多櫛田神社境内に移り住み、山笠人形の制作を代々行っていた。櫛田神社に移り住んでから代々、小堀家は山笠人形の独占制作を行ってきたが、明治維新と共にその制作権も自然消滅し、13代目善之助の時、山笠人形の制作を廃業して貸家業に転業した。

なお、博多祇園山笠で用いる山笠人形は博多人形師が代々制作していたものと思われているが、実際には(少なくとも明治以前では)小堀家のみが独占的に制作を許されたもので、他のものによる制作は許されなかった。その小堀家細工人形の流れを汲むのが初代白水仁作で、白水家直系の人形師は現在、現代博多人形師の白水英章氏が居る。師弟系譜に見る白水六右衛門とは関係が無い。
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         <pubDate>Sun, 29 Mar 2009 14:56:10 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>オーギュスト・ペレによって再建された都市ル・アーヴル</title>
         <description><![CDATA[「オーギュスト・ペレによって再建された都市ル・アーヴル」は、北フランスの港湾都市ル・アーヴルの中心街を指す、ユネスコ世界遺産としての登録名。第二次世界大戦後に行われた大規模な都市再建が、20世紀における都市計画の優れた例証として評価された。

第二次世界大戦が始まると、ル・アーヴル港はイギリス軍の補給基地として利用されたが、1940年6月から始まったドイツ軍による侵攻によって、イギリス軍は撤退した。そしてフランス降伏ののち、街は対英攻撃（アシカ作戦）を準備していたドイツ軍に占領された。

1944年9月5日から6日にかけて、戦時中の最も苛烈な爆撃がイギリス空軍によって遂行された。これは占領中のドイツ軍を弱体化させ、3ヶ月前にノルマンディに上陸していた連合国軍の補給を容易にすることが目的で、中心市街と港を攻撃の対象としていた（タブラ・ラサ作戦）。都市は1944年9月まで休みなく続いた爆撃にさらされ、死者5000人、家屋の破壊12500戸、家を失った者80000人の被害を出した。

中心市街は廃墟となり、連合国軍によって解放されたときには、ル・アーヴルはヨーロッパの都市のなかで最大級の惨状を呈した都市のひとつであった。今日、連合軍のこの作戦の軍事的な利点は、再び問い直されている。ル・アーヴルにとっての解放は非常に苦いものであり、住民たちの記憶に強く刻印されることとなった。
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再建 [編集]
1945年春に、都市再建省 (le Ministère de la Reconstruction de l'Urbanisme) は、ル・アーヴル中心市街の再建を、オーギュスト・ペレの工房に委託した。ペレは、古い建物が何もないまっさらな状態を作り、そこに新都市建造のための古典主義的諸理論を適用したいと考えていたところだった。この再建の資材として考慮されていたものは、コンクリートだった。

1945年から1964年にかけての再建は、その再建範囲の広さ、ペレ工房の理論的統一性、一連の都市計画、プレハブ工法の適用などによって、再建された都市の中でも特異な歴史を体現するものであった。同時に、建築史と都市史において、20世紀の最も顕著な例証といえるのである。
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         <pubDate>Sat, 14 Mar 2009 11:34:04 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>灼眼のシャナ</title>
         <description><![CDATA[人知れず行われる異世界の住人と異能力者との戦いを背景に、平凡な高校生活を送っていた少年と、異能力者の一人である少女との出逢いを発端とした、日常生活と戦いの日々を描く物語作品。

本作では現実と同様の性質をもつ「この世」と架空の異世界“紅世”（ぐぜ）とが設定され、物語は日本の架空の都市である御崎市を中心に展開する。“紅世”から渡り来た住人“紅世の徒”は、人知れずこの世に存在するための根源的なエネルギー“存在の力”を人間から奪う（喰らう）。喰われた人間は元々いなかった事になり、人間を喰らうことで得た“存在の力”を使って“徒”は本来起こるはずのない出来事を引き起こす（自在式・自在法の利用）。“徒”の中でも強い力を持つ“王”たちの一部は、こうして生まれた存在の欠落や矛盾が世界のバランスを崩し、いつか決定的な破滅が起きることを危惧して人間と契約を交わし、フレイムヘイズと呼ばれる異能力者を生み出すことで、人を喰らう“徒”を討ち、この世と“紅世”のバランスを保とうと、戦いを繰り広げている。

あらすじ
御崎市で平凡な日常を過ごしていた高校生の坂井悠二は“燐子”と呼ばれる怪物の出現と共に非日常の世界に巻き込まれ、名も無き少女と出逢った。その名も無き少女は、人知れず人を喰らう異世界人“紅世の徒”を探し討滅するフレイムへイズの一人。彼女は、悠二が自覚のないまま死んでいることを告げ、訳あって“紅世の徒”から狙われるようになった悠二を護る様になる。そんな彼女に悠二は、彼女の刀「贄殿遮那（にえとののしゃな）」から「シャナ」という名前をつける。2人は反発しながらも、少しずつ惹かれ合っていく。

沿革・評価
2002年11月、小説の第I巻が発行され以降シリーズ化することとなった。シリーズ発行部数は2007年には累計585万部を突破し、売り上げは30億円を越える[1]。2008年現在では累計600万部を突破している[2]。また、日販調べの週間ベストセラー、文庫ランキングでは文庫化されている20作品のうち14作品が初登場3位以上を記録しており、VII・XIII・XIV・XVI・XVIIの5作品が第1位を記録している [3]。
小説を原作としたメディアミックス展開が行われ、2003年にラジオドラマ化、2005年に漫画版連載が開始され、同年及び2007年にはテレビアニメがそれぞれ半年間放送された。 その他、2006年からテレビアニメ版スタッフ・キャストによるドラマCD、ゲーム、OVAも発表され、2007年には劇場版アニメが制作されている（これらの詳細は後述する）。

“存在の力”に関する概念
ここでは本作の世界観を構成している“存在の力”についての概説を述べる。

“存在の力”とは、この世に存在するための根源的なエネルギーである。人間や動物・物質など、この世のあらゆる個体が持っており、この世の時空に過去・現在・未来に渡って広がっている。これが失われるとその個体は「最初からこの世に存在していなかった」ことになり、所有物や関わった人間の記憶や写真など、あらゆる『存在した証』も失われる。“存在の力”の量が多い人間ほど、周囲に強い影響力（≒存在感）を持つことになる。

 世界の歪み
“紅世の徒”が人間を力に変換・吸収する（「喰らう」と例えられる）などして“存在の力”が強制的に失われると、その存在によって起こるはずだった影響も同時に失われることになる。ところが、あるはずのものが失われると矛盾する部分が必ず生じることになる。それが度重なって、この世を構成する巨大な“存在の力”の秩序と流れに変調をきたしている状態を「世界が歪んでいる」と言い、前述の通りあまりにも歪みが大きくなると、この世と“紅世”の両界に「大災厄」と称される大きな災いが起きると予想されている。

例えば、子供と家を持つ夫婦が喰われた場合、夫婦自身やその直接の持ち物は消える。しかし子供は親がいない子供として残り、住んでいる家は夫婦の部屋をからっぽの状態にして残る。このような違和感の集合が「世界の歪み」である。「世界の歪み」を感覚として捉えることができるフレイムヘイズはこの歪みを“徒”のいた痕跡として追い、同様の力を持つ“徒”も歪みがあると興味を惹かれてその土地にやって来る傾向がある。

トーチと“ミステス”
“徒”は自身の存在をフレイムヘイズに悟られぬよう、喰った（喰われた）人間の“存在の力”を少量残して加工し、トーチという残滓を作る。トーチは元となった人間の姿と記憶を持ち、その人間が生き続けた場合と同様に活動するが、残された“存在の力”を消耗するにつれ徐々に存在感や気力が薄れ、やがて“存在の力”を完全に失い消失する。周囲の人間は、しだいにトーチへ意識を向けなくなるため、トーチが消失しても全く気づかない。こうして、この世の歪みは応急処置的に緩衝される（なかったことになるわけではない）。

トーチの中には、宝具（特殊能力を持つ道具）を存在の内に宿すものがある。このようなトーチは“ミステス”と呼ばれ、そのトーチが燃え尽きる、または破壊されると宿されていた宝具は別のトーチに無作為に転移し、移った先のトーチがまた“ミステス”となる。“ミステス”は基本的には普通のトーチと何ら変わりないが、宿した宝具の影響を受け特殊な力を持つ場合がある。本作の主人公である坂井悠二もまた、“ミステス”の一人である。

炎
“存在の力”は基本的には炎によって象徴され（あくまで見た目の話であり、熱エネルギーを持たず、物も燃やさない炎もある）、“徒”は個体ごとに違った色の炎を現す。フレイムヘイズは契約している“紅世の王”、“燐子”（“徒”の作り出す下僕）は製作者である“徒”と同じ色の炎で、トーチの場合は存在を喰らった“徒”の炎の色を薄めたものになる。

自在法
“存在の力”を操ることで、この世では起こり得ない不思議を現出させる術とそれに付随する紋様をそれぞれ自在法、自在式という。自在法はこの世の“存在の力”の流れに直接干渉するため、“存在の力”を感知できる者は発動時の違和感を察知することが出来る。効果の大きい自在法ほど生じる違和感も大きく、“存在の力”を察知できない人間の感覚にも影響を与える場合がある。

自在法は、“徒”がこの世にやって来た目的を果たすために使われるほか、フレイムヘイズにとっても戦闘の上で欠かせない武器となり、特に自在法を用いるのが得意な者は「自在師」と呼ばれる。ここでは多数ある基礎的な術や皆が共通して使う自在法の一部を解説する。術者独自の性質に基づいて発動する固有の術についてはそれぞれのキャラクターについての説明を参照のこと。

封絶（ふうぜつ） 
現代では最もポピュラーな自在法の一つで、「結界」のようなもの。封絶を「張る」と、炎を混ぜたドーム上の陽炎の壁が作られ、内部の空間はこの世の流れから非物理的に切り離される（作中では「因果孤立空間」という）。内部では“紅世”に関わる者以外のものは停止し、外部では“存在の力”を感知する能力がない限り、封絶を張られた空間の存在を認識できなくなり、また“存在の力”を感知する能力を持った者にも内部の様子は掴み辛くなる。 
これによって“徒”は隠密行動が可能になると同時に、普通の人間は“徒”に襲われたことを認識できなくなる。また、外部と内部は物理的には繋がっているため、出入りは自由にできるが、“存在の力”を感知できない者にとって封絶の内部は「存在しない空間」であるため、無意識のうちに避けて行動するようになる。 
封絶の内部で破壊された物体や生物は、その封絶を解くまでは“存在の力”を用いることで、封絶発動前の状態にまで修復することができる。しかし、封絶の影響を受けていない存在や、“存在の力”を喰われてしまった人間は直せない。 
炎弾（えんだん） 
初歩的な攻撃の自在法。熱エネルギーとして具象化させた炎（この炎は“存在の力”の見た目上の炎と違って、物を燃やす）を砲弾のように撃ち出す。炎の色は使用者の“存在の力”と同じ。通常ならば着弾後に炸裂するだけだが、器用な“徒”やフレイムヘイズであれば、着弾後に変形させたり任意に爆発させたりと言った遠隔操作も可能。 
達意の言（たついのげん） 
“紅世の徒”やフレイムヘイズが、自分と違う言語を使う相手との会話に使う、翻訳のための自在法。使用者の意思を言語に変換する機能を果たす。“徒”の場合、これを上手く使わないと、その言葉は「声でこんな音が出せるのか」という聞こえ方となる。 
人化（じんか） 
“紅世の徒”の顕現の姿を「本性の姿」から「本性に見合った人間の姿」に変換する自在法。本質から離れた人相・体形になることは基本的に出来ず、無理にその不自然を通せば、それ相応の“存在の力”を消費してしまう。 
清めの炎（きよめのほのお） 
フレイムヘイズが使用する自在法。身体の汚れを落としたり、体内の毒を解毒することが出来る。使用の主導権は契約している“王”にのみあると思われる。 

登場人物
主要人物、人間、ミステスの詳細→灼眼のシャナの登場人物を参照。 
フレイムへイズの詳細→フレイムヘイズを参照。 
“紅世の徒”の詳細→紅世の徒 を参照。 

用語
“紅世（ぐぜ）” 
人間が暮らすこの世とは異なる世界。独自の物理法則によって成り立っており、五感が意味をなさない。「力そのものが混じり合う世界」であり、力のせめぎ合いが延々と続く、生きてゆくには過酷な世界とされている。 
紅世の住人を“紅世の徒（ぐぜのともがら）”または単に“徒”と言い、より力の強い者は“紅世の王”と称される。また、これらがこの世で作り出す下僕を“燐子”という。 
フレイムヘイズ 
“紅世の王”と契約し、異能を得た元人間の総称。呼び名は、契約の際に人間が幻視するこの世と“紅世”の両界の狭間の光景「炎の揺らぎ」に由来する。契約した“紅世の王”はフレイムヘイズの中（『器』）に休眠し、意識のみを神器という道具に表出させる。詳細はフレイムヘイズ及び神器を参照。 
運命 
本作における「運命」とは、“存在の力”を、過去・現在・未来でトータルしたものである。よって、一般に使用される「運命」とは意味が異なる。 
運命を立体的に見たものを『運命という名の器』とも呼び、フレイムヘイズの『器』とは、契約の際の代償として運命が失われた際に生じる、この世の時空に開いた空白のことである。 
宝具 
“紅世の徒”やフレイムヘイズが用いる特殊な道具。その効果は様々で、ほとんどの宝具が“存在の力”を込めることで機能するため基本的に人間は使用できない。“徒”と人間の両方が望まなければ作り出せない、この世と“紅世”の狭間の物体である。 
『贄殿遮那（にえとののしゃな）』 
シャナが所持する大太刀型の宝具。自在法も含め、刀に直接加えられる敵意によるあらゆる力の干渉を受け付けない最高に頑丈な刀。 
元々は人間の刀匠と“紅世の王”により作られた刀であり、最強の刀とそれに値する使い手を求めた刀匠が自らその身を変えた史上最悪のミステス・“天目一個”の核となっていた物。 
『零時迷子（れいじまいご）』 
坂井悠二の内に宿る宝具。宿主の“存在の力”を「一日」という単位で時の中に括りつけ、毎晩午前零時に一日の内に記録した最大値まで回復させる、一種の永久機関。時の事象に関わる力を持つため“紅世”秘宝中の秘宝とも称され、封絶の干渉も受け付けない。 
元々は“彩飄”フィレスと恋人のヨーハンが、永遠に共にあるべく作成したもので時計台を材料としている。 
『灼眼のシャナ』最大の謎の一つとされており、サブラクによって一度目の『大命詩篇』を打ち込まれた際に『永遠の恋人』ヨーハンが内部に封じ込められたことと、『大命詩篇』を編み上げた“祭礼の蛇”や遠く式を受け取ったヘカテーや式を解析し実働させた「教授」にも予測不可能な現象が顕われているなど、未だ多くの謎を内包している。 
『闘争の渦』 
騒動を引き寄せ、波乱の因果を導き、激突に衝突させる、恐るべき『時』の勢い。具体的には、普段は一生会わないのが普通とされているフレイムヘイズや“紅世の徒”が、ひとつの都市や街に短期間の内に集中的に現れる現象を指している。 
かつてはオストローデが、現代では御崎市がこれに該当している。 
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PJ ライトノベル
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本編 
本編はナンバリング順序通りの長編物語となっている。なおナンバリングされているV、X、XV巻ではプロローグとエピローグ部分は現代の話であるが、それ以外は長編形式の外伝となっており時系列ではI巻よりも過去の話である。作者によると、これらナンバリングされた外伝は、以降の展開の重要な伏線になっているとのこと。 
外伝 
本作では、本編の物語の挿入話（エピソード）となる話を外伝と定義されており、タイトルはカタカナで表記されている。前述のV、X、XV巻や『ゾートロープ1〜4』など一部例外はあるが主に短編形式で書かれており、シャナと悠二以外を主人公とした作品もある。 
番外編 
本編の挿入話としては扱われない「何でもあり」の話は番外編として定義されており、番外編のタイトルはひらがなで表記されている。なお二次創作された番外編においてはタイトルの表記は統一されていない。 ]]></description>
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         <pubDate>Wed, 25 Feb 2009 11:41:54 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>伝統回帰とサーサーン朝</title>
         <description><![CDATA[1世紀頃からイランの伝統回帰の動きは顕著に表面化した。アルシャク朝では激しい内乱が繰り返し発生していた。ギリシア人の勢力減退後もバビロニアを基盤とする王とイラン高原より東を基盤とする王が並び立つ事態が頻発しており、またローマにバビロニアを占領されるなどしばしば対ローマ戦で大きな敗北を喫していた。アルシャク朝の支配者達の間ではこのような状況の中で、伝統的なイランの宗教や、ハカーマニシュ朝の後継者という主張の中に支配の正統性を見出す動きが現れた。コイン銘や都市名の表記が従来のギリシア語からパフラヴィー語の表記へと改められ、各地のゾロアスター教の伝承や文献を収集する事業も起こされた。だが、このような伝統回帰の動きが顕在化すると、元々アルシャク朝以前からの伝統を持つ（地方の）勢力の間では返って自分達の方に正当性があるとの主張が強く見られるようになった。
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かつてハカーマニシュ朝の発祥地となり、その記憶も深く残るファールス（ペルスィス）地方では特にこのような主張は強く、208年には支配者パーパクの元でアルシャク朝に対する反乱が起きた。パーパクの反乱は間もなくアルシャク朝によって鎮圧されたが、アルシャク朝では間もなくヴォロガセス6世とアルダヴァーン4世（アルタバヌス4世）による内乱が発生した。アルシャク朝の内乱の最中、ファールスで新たに支配者となったアルダシール1世は再びアルシャク朝に対する反乱を起こした。アルダシール1世は226年までに二人のアルシャク朝の王を相次いで倒し、新たにサーサーン朝を建てた。サーサーン朝は間もなく旧アルシャク朝の領域のほぼ全てを支配下に置いて諸王の王を称するようになり、更に西ではローマ皇帝を捕虜とする大勝利を収め、東ではクシャーナ朝を支配下においた。

サーサーン朝は支配の正統性をゾロアスター教やハカーマニシュ朝の後継者という地位に求めた。そして非イラン的な異邦人の王朝アルシャク朝を倒して伝統的信仰を復興したのだと主張した。実際にはパルティア時代の大貴族の多くがサーサーン朝時代にも大きな力を持ち続けた点に見られるように、サーサーン朝の政治機構や文化、社会は多くの面おいてアルシャク朝時代の継続であったし、伝統回帰の動きはアルシャク朝時代から始まっていたが、このサーサーン朝の歴史観、即ちアルシャク朝を非正統の王朝であり異質とする歴史観は長くイラン世界に残った。アルダシール1世に仕えた祭司長タンサールの元でゾロアスター教は体系化され、正典と統一的な教会組織が形成された。こうした中で教会の勢力は増大し、シャープール1世（241年-272年）の時代に祭司長となったカルティールはやがて国王に匹敵する権力を得た。この時代のイランは諸宗教が渦巻く時代であった。正統な教義の制定に伴って教義論争・宗教対立が激化した。古くからイランに存在したズルワーン主義、サーサーン朝と時を同じくして成立したマニ教、またローマに対する勝利によって得られた捕虜達からはキリスト教が広まり、一定の勢力を得たし、東部領土には仏教を信仰する人々もいた。カルティールがこういった異端、異教を弾圧したことを誇っているように、宗教弾圧がしばしばあった。

サーサーン朝は王位継承紛争に悩まされながらも4世紀を通じてローマとの戦いを優位に進め、ローマを苦しめた遊牧民フン族の移動でも彼らの圧力をかわすことに成功していた。しかし5世紀には中央アジアで勢力を拡大したエフタルに相次いで敗北し、貢納を収めるようになった他、中小貴族の没落や飢饉の発生による社会不安の中で、急進的なマズダク教が広まり、彼らによる反乱や暴動が頻発するようになった。

6世紀に入るとホスロー1世（531年-579年によってエフタルが滅ぼされ、国内で盛んになっていたマズダク教を徹底弾圧して抑え、安定した時代を築いた。この時代には定額税制が導入され、軍制と身分制が確立した。繁栄は長く続、ホスロー1世の孫、ホスロー2世（591年-628年）の時代には一時東ローマ帝国の支配下にあったシリア、エジプト、アナトリアを一時占領した。しかし東ローマの反撃でホスロー2世は敗れ、最後は反乱によって殺害された。この結果サーサーン朝では深刻な政治混乱が発生し、短期間に王が次々と交代した。混乱の中でヤズダギルド3世（632年-651年）が即位したが、この政治混乱と敗戦による弱体化は明らかであった。

イランのイスラーム世界化
イランは7世紀半ば、イスラーム勢力の統治下に入る。ウマイヤ朝、アッバース朝はペルシアの統治機構を温存して利用した。9世紀にアッバース朝が衰退を始めるとホラーサーンなどでイラン系半独立王朝が現れ、ペルシア文芸復興の時代が始まる。イラン高原でも10世紀にブワイフ朝が成立、イランの地のイスラーム化が進み、イスラーム世界に統合されるようになる。11世紀になると中央アジアからのテュルク系遊牧民が参入。遊牧系王朝とペルシア文人官僚、ペルシア文化の組み合わせからなる時代がセルジューク朝のもとにはじまる。

イスラーム到来
7世紀半ば、疲弊していたサーサーン朝はアラビア半島から勢力を拡大したアラブ人たちによって攻撃され、首都マダーインの陥落、ニハーワンド会戦（642年）での敗北によって瞬く間に瓦解し、逃亡したヤズダギルド3世が殺害（651年）されたことによって完全に滅亡した。アラブ人たちは一神教イスラームを奉ずる共同体を形成していた。第3代正統カリフ・ウスマーン（644年-656年） の頃までにイラン世界はカスピ海沿岸部と中央アジア方面を除くホラーサーンまでがイスラーム勢力下にはいり、670年代にはサマルカンドやブハラなどマーワラーアンナフルも征服された。これらの土地のうちサーサーン皇族などの領主がいなくなった土地はメディナのペルシア財務庁が管理し、地租ハラージュを徴集するハラージュ地に編入される一方、在地領主がいる場合にはイスラーム勢力との契約が結ばれ、一定の貢納を条件に彼らの統治が追認された（アフド地、スルフ地。以上について詳細はイスラームの征服 (イラン)を参照）。

イスラーム勢力はやがて王朝化してウマイヤ朝が成立する。この時代には東方・北方における散発的なサーサーン朝残党の蜂起や領土拡大を目的として、ホラーサーンなど辺境要地と都市にアラビア半島方面から徐々にアラブ人が入植してくるが、領土の人口の大部分はサーサーン朝の遺民であった。これを治めるために先述のように在地の統治機構は温存されたが、ウマイヤ朝では広大な領域統治のため中央統治機構にもサーサーン朝の官僚制と文書行政、通貨などの経済制度を導入した。ハカーマニシュ朝以降の帝国統治で蓄積されたペルシアの政治的経済的経験と知識が利用されたのである（西方では東ローマ帝国の経験と組織を同様に利用した）。実際に8世紀初め頃までの徴税文書はアラビア語ではなく中世ペルシア語で記されているし、東方ではサーサーン朝のディルハム銀貨が流通した。

ウマイヤ朝下では地租ハラージュはアラブ人には事実上免除されていた。一方、東方領民の大部分はイスラーム征服後も特に改宗を強制されることもなかったためゾロアスター教徒のままであり、非ムスリムである彼らにはジズヤという人頭税が課された。8世紀に入るとマワーリーと呼ばれる降伏したサーサーン朝残党やアラブ人に仕える人々がイスラームに改宗しムスリムとなり、官僚や軍人などとして活躍する者も出てきた。しかしながらムスリムとなってもジズヤが免除されることはなく、イスラームの平等の理念に反するとして徐々に不満が高まった。このマワーリー問題は、8世紀半ば、ウマイヤ朝を打倒しアッバース朝を成立させるアッバース朝革命の一因となった。アッバース朝革命がホラーサーンに起こり東方を根拠としたこと、指導したアブー・ムスリムがイラン系マワーリーである点にこれを見て取ることができる。

ファイル:Abbas-will.png 
アッバース朝の最大版図（9世紀）アッバース朝はこれまでのダマスカスにかえてバグダードを首都とした。これによってイスラーム世界の比重はやや東方に移り、政治・経済・文化のさまざまな面でシリア系マワーリーにかわってイラン系マワーリーの参入が始まる。またアッバース朝下にはムスリムであればアラブ出身でなくともジズヤが免除されるようになる一方、平等性を強調するシュアービーヤ運動は高まりをみせる。ペルシア人官僚はアッバース朝で重きをなし、ハールーン・アッ＝ラシードの宰相バルマク家はその代表である。同時にアッバース朝はホラーサーンの度々の反乱、アゼルバイジャン方面のバーバクの乱を抑えつつ、9世紀初頭に安定した全盛期を迎える。

文芸復興とイラン系諸王朝の時代
アッバース朝の全盛はしかし長くは続かなかった。ハールーン・アッ＝ラシードの子、アミーンとマアムーンの内乱は全土に影響し混乱状態を導いた。このような中で頭角を現し、反乱討伐に派遣されたホラーサーン総督となったイラン系マワーリーの将軍ターヒル・イブン・アル＝フサインがニーシャーブールを中心に半独立政権をたてた。半独立というのはカリフからの直接の支配は受けないものの、アッバース朝によって支配権を追認されアミールとして正統性を確保したためで、これがターヒル朝（821年 - 873年）である。その後、9世紀後半には都市任侠集団ともいえるアイヤールを出自としてイラン東部スィースターンに成立したサッファール朝（867年 - 903年）、マーワラーアンナフルにブハラを首都としてサーマーン朝（875年 - 999年）といういずれもイラン系の王朝が成立した。これらの王朝もアッバース朝から認められたアミールによる半独立政権であった。ターヒル朝は873年、南から侵入してきたサッファール朝に滅ぼされ、そのサッファール朝も北から進出したサーマーン朝に900年、ホラーサーンを奪われている。

イラン史ではこれらの王朝をもって「アラブの軛」を脱したとすることもあるが、この評価はイラン民族主義的な色彩が濃く、あくまでアッバース朝下の地方政権と評価するべきである。しかし、この時代が近世ペルシア語がほぼ形成され、ペルシアの伝統やペルシア語への誇りが復活した、ペルシア文芸復興と呼ばれる時代であったのは確かである。特にサーマーン朝はペルシア文芸の保護に熱心でルーダキー、ダキーキー、フィルダウスィーらのペルシア詩の巨人を輩出している。

この時代のもう一つの特徴は社会的流動性が活発化したという点である。アッバース朝の内乱はイスラーム世界全体で軍隊の移動、知識人の避難、糧食の移動に伴う取引など人々やモノの流動を激しくした。辺境部にあるイラン系諸王朝、特にサーマーン朝は中央アジア方面のテュルク系遊牧民との抗争を繰り返し、捕虜をマムルーク（奴隷軍人）としてアッバース朝へ供給した。恒常的なイスラーム世界中心部へのテュルク族の移入と、その代価としての銀の流れは巨大なものであった。

経済は活況を呈し、人々の交わりは増えてゆく。イラン以外の諸地域における地方王朝の成立もこのような社会的背景があるが、重要なのはこの時期にイラン地域で社会上層部を中心にイスラームへの改宗が飛躍的に進むことである。まさにこの時期に人々の生活・交流の規範となる文化――イスラーム的ペルシア文化が形成されたのである。換言すればイランやテュルクの人々がイスラーム文化に参入し、イランのイスラーム世界への統合が起こったといえよう。

テュルク族の参入と黄金時代
カスピ海沿岸ではイスラーム化は遅々として進まず、アッバース朝もたびたび侵攻をおこなっているが、恒久的な支配権を打ち立てることは出来なかった。このような中でシーア派がこの地域に勢力を徐々に扶植し、9世紀後半にはシーア派の一派ザイド派のアリー朝が成立するなど地域独自の勢力が形成されていた。10世紀にはズィヤール朝が成立（927年）、ザンジュの乱ののち衰退著しいアッバース朝の領域へアルボルズ山脈を越えて進出してゆく。この過程で優秀な歩兵としてダイラム人が脚光を浴び、その指導者のブワイフ家が932年、ブワイフ朝を建てた。ブワイフ朝はその後イラン高原からイラクを席捲、945年にはバグダードに入城して、アッバース朝カリフからアミール・アル＝ウマラーに任じられた。配下の軍人にイクターとして徴税権を分与して軍事力を確保する一方、統治権は自らのもとにおいた。またブワイフ家はシーア派を奉じており、スンナ派のアッバース朝がその支配権を承認するという状況を引き起こした。この時代には西方エジプトではシーア派イスマーイール派のファーティマ朝がカリフを称し、アッバース朝カリフの権威は地に落ち、現実の支配者に正統性を付与する存在に過ぎなくなる。

同時期、ホラーサーン方面ではテュルク族が政治の表面にあらわれてくる。9世紀半ばころに中央アジアの草原地帯に形成されたカラハン朝が10世紀半ばには大勢力となってマーワラーアンナフル方面へ進出してきた。伝承では960年、20万帳におよぶテュルク系遊牧民がイスラームへ改宗したという。これ以降、カラハン朝はサーマーン朝とマーワラーアンナフルとホラーサーン北部をめぐって激しく争う。一方962年、サーマーン朝のテュルク系奴隷軍人でガズナ太守となったアルプテギーンがサーマーン朝から半独立、勢力を伸ばして972年にはガズナ朝となる。サーマーン朝は北からカラハン朝、南からガズナ朝に挟撃され999年に滅亡した。

11世紀初めのイラン世界の勢力配置は北東から順にマーワラーアンナフルにカラハン朝、ホラーサーンにガズナ朝、イラン高原にブワイフ朝という状況であった。カラハン朝、ブワイフ朝が内紛に見舞われて弱体化する一方、998年に即位したマフムードのもとガズナ朝は最盛期を迎え、北インドから西部イランにまで遠征しており、インドのイスラーム化はこのころにはじまる。ガズナ朝はサーマーン朝をついでペルシア文化を保護した。しかしマフムードが1030年に没するとガズナ朝は急速に勢力を後退させ、イラン世界全体が混乱状態におちいる。9/10世紀はイラン世界が東西にやや分立する時代であった。直轄地の多い西方が内乱で疲弊してゆく一方、東方ではサーサーン朝以来の在地勢力が温存され生産力の拡大が見られた。これを背景に政治勢力も東西に分かれたが、ガズナ朝の後退後にこれを克服したのがトゥグリル・ベグ率いるオグズ系テュルク族のセルジューク朝である。

セルジューク朝は、遊牧的部族紐帯を維持したままイスラームへと改宗、集団としてイスラーム世界に参入して王朝を開いたという点で、これ以降の西アジアにおけるテュルク系諸王朝の嚆矢ともいえるものである。セルジューク朝は1038年のニーシャープールへの無血入城ののちホラーサーンでガズナ朝を破って、さらに南方・西方へと転じて勝利を得る。1055年にはトゥグリル・ベグがバグダードに入城、アッバース朝カリフから外衣と賜与品を与えられ、スンナ派ムスリムの支配者としてスルターンの称号を正式に認められた。続くアルプ・アルスラーン、マリク・シャーのもと、セルジューク朝は東部アナトリア、シリアへと勢力を広げてゆく。地中海から中央アジアにおよぶこの広大な帝国の行政を担ったのがペルシア人官僚たちであった。セルジューク朝の行政用語はペルシア語であり、在地の行政・司法を担うカーディーらもペルシア人であった。ガズナ朝にも見られるが、このようなペルシア系文人官僚をタージークといい、行政はタージークが、政治と軍事はテュルク系をはじめとする遊牧民が担い、さらにペルシア語を共通語とする枠組みがセルジューク朝のもとで完成した。イラン史を専門とする羽田正はこの体制をもつ世界を「東方イスラーム世界」と呼ぶ。このような体制は以降、20世紀に至るまでイラン世界の歴史の骨格となるのである。

タージークの頂点に位置したのが、宰相ニザームルムルクであった。彼は自らペルシア散文の名著『統治の書』（スィヤーサト・ナーメ）を著す一方、文芸・科学を保護し、レイ、イスファハーン、ニーシャープール、バルフ、マルヴなどの都市を中心にペルシア文化の黄金期が訪れる。宰相は全主要都市にニザーミーヤとよばれるマドラサ（学院）を設け、あるいはジャラーリー暦を生み出すウマル・ハイヤームの天文台建設を後援するなどした。またセルジューク朝の主要都市の一つたるバグダードにアブー・ハーミド・アル＝ガザーリーなど、イスラーム史上に名高い学者らを招聘、その活動をも後援した。

スンナ派の保護者として君臨したセルジューク朝の脅威となったのは、イラン内のシーア派急進派であるイスマーイール派であった。ファーティマ朝は10世紀後半以降、イスラーム世界全体にイスマーイール派の宣教員（ダーイー）を送り込んでいたが、このころには東部山岳地帯、イスファハーン、アルボルズ山脈地帯に勢力を扶植。1090年に現在のテヘラン北方にアラムート城砦を奪取すると、これ以降150年間にわたって散在する根拠地周辺を支配してイラン高原に無視できない勢力を築き上げた。暗殺などの手段を用いて立場を確立するその政治手法は王朝統治者やスンナ派住民らに特に恐れられた。

トルコマーンと東方イスラーム世界
セルジューク朝のもと、政治・軍事をテュルク系などの遊牧民が担い、行政・文化をペルシア系の者が担う東方イスラーム世界が現出した。13世紀にはモンゴル帝国がイラン高原を征服しイルハン朝が成立する。この時代、遊牧民の機動力に基づく軍事的優位性は圧倒的であった。こうした勢力は権力中枢所在地に広大な牧草地を必要としており、この時代のイラン高原の歴史は、東方のホラーサーンやマーワラーアンナフル、あるいは西方のアゼルバイジャンから東アナトリアに基盤を置く勢力による角逐の歴史であったといえる。イルハン朝崩壊後にはマーワーランナフルからティムールが大帝国を築く。その勢力が弱まると、西方の黒羊朝、白羊朝東方のティムール朝が対峙する状況となる。やがて16世紀への転換期にアゼルバイジャン方面からサファヴィー朝（1502年 - 1736年）がイラン高原を統一する。サファヴィー朝はシーア派を国教とし、ここにイランのシーア化がはじまる。中期のシャー・アッバース1世は都をイラン高原中央のイスファハーンに移し全盛の時代を迎える。サファヴィー朝崩壊後も遊牧系のナーディル・シャーのアフシャール朝、カリーム・ハーンのザンド朝がそれぞれ短期間イランを支配し、同じくトルコマーン系のガージャール朝（1795年　- 1925年）が成立する。遊牧勢力の優位性が揺らぐ中で、東方イスラーム世界もまたその変容を余儀なくされる。サファヴィー朝中期ころから、イラン世界は縮小をはじめ、マーワラーアンナフルはトルキスタンとしてイラン世界から離れ、そしてドッラーニー朝以降ホラーサーンもまたアフガニスタンとイラン辺境部に二分される。さらに西方も東アナトリア・イラク方面もオスマン帝国との間に完全な国境線が敷かれ、ここに東方イスラーム世界は終焉を迎える。ガージャール朝はうち続く戦敗によってヘラートやカフカズを失い、今日ある姿での国民国家「イラン」の原像が立ち現れてくることになる。

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         <pubDate>Mon, 09 Feb 2009 12:03:26 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>もえよん</title>
         <description><![CDATA[「漫画アクション増刊もえよん」は、双葉社が発行していた、なごみ系4コマ漫画雑誌である。毎月9日発売。B5版 定価420円。
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2004年7月9日創刊、2005年7月9日休刊。主に同人誌などで活躍中の漫画家を中心にしており、“萌え”という読者を選ぶテーマでありながら、「ぽてまよ」などが人気を博したことや、随所に吉崎観音や古賀亮一などが参加しているためもあってか、ある程度の評価を受けた。ちなみに「4コマ漫画」雑誌とうたっていながら、実はストーリー漫画も掲載されていた。

創刊号～第3号までのうち2冊の応募券と定額小為替800円を送ると、もえよん謹製「もえかるた」を購入することが出来た。この江戸いろはカルタは本誌執筆陣を含む47名の漫画家・イラストレーターが1枚ずつ絵を担当したもので、その中には上記の吉崎や古賀なども含まれていた。また、購入した読者のみ声優・鎌田梢による「読み上げボイス」をホームページにてダウンロードすることが出来た。

また、創刊号～第5号までの表紙をすまき俊吾が担当していたが、第6号以降は他誌と同じく掲載作品が表紙を飾るようになった。

2005年6月9日発売の7月号をもって創刊1周年を迎えたが、同年7月9日発売の8月号（通算13号）をもって休刊。連載作品の幾つかは、同じ双葉社の別雑誌へ移動の上、連載を継続している。

なお、掲載されていた作品群の幾つかについては「双葉社アクションコミックスもえよんシリーズ」として、2005年9月より同年12月にかけ毎月12日に2冊ずつコミックスが発売された。

妹はアンドロイド（あどべんちゃら） 
カニメガ大接戦!（なかま亜咲） 
かのとん（おこさまランチ） 
ココノカの魔女（桐原いづみ） 
ごむまり（いけだじゅん） 
すくーるwithかんぱにぃ（忠臣蔵之介） 
男爵校長（ÖYSTER） 
ぢごく学園（ミササギユウヤ） 
ちびもの（東雲水生） 
TWIN CAT SISTERS（ハザママサシ） 
でゅあるてぃーちゃー（ボマーン） 
にちしょ!（舞姫） 
眠らぬ森の姫さまたち（北条晶） 
ぱわふる4拍子（白河まいな） 
ぴるぴる!（塚本ミエイ） 
ブリードスター（珠月まや） 
ふるーつメイド（寺本薫） 
ぽてまよ（御形屋はるか） 
まどろみさん（才田雅孝） 
魔法使いくんとOLさん（刻田門大） 
迷走通信（重戦車工房） 
もえもえボッ君（森山一保） 
悠久図書館へようこそ（みずきひとし） 
らぶいも（ちんじゃおろおす） 
ヲタカノ。（平沢ケンゴ） 
（目次ページ柱4コマ漫画）（胡桃沢太郎） 
もえよん学園（もえよん学園理事会presents/原案協力：吉崎観音） 
萌木第四学園を舞台にした以下の4本から構成される本誌独自の企画漫画 
普通科（むっく） 
デザイン科（ゆうの） 
体育科（濱元隆輔） 
秘書科（まだらさい） 

連載企画
進め!もえよん探検部（加曾利りあら）…萌えイベントなどの取材漫画 
本屋さんに聞け!…同人系ショップ4店舗によるテーマ寄稿 
もえよんマンガ道場…新人発掘企画 
まにほび!…マニアのためのホビーデータ（ゲームやフィギュアなどの情報） 
もえチャンネル（加曾利りあら・挿絵）…読者投稿ページ 
色紙などプレゼント企画 
COVER GIRL ARCHIVES（すまき俊吾・第2号～第5号）…表紙絵解説 
もえよんギャラリー（創刊号～第6号）…人気作家複数によるイラストギャラリー 

 短期連載作品
青空は天気雨（kyo） 
妹ちゃんだもン!（八重田なぐも） 
小梅ちゃんI'm総理（お茶の水ハイジ） 
ここいろ。（猫間琴美） 
すきすきダーリン（青山まりも） 
Tanpopo（いちご） 
天才!ちまちま団（天童まくら） 
ぱなま（ヨコヤマヤスシ） 
ふぇいく☆ふぇいく（魅野こだま） 
ブリブラ☆コックロちゃん（ぶるマほげろー） 
流星学園すたー☆すとーん（鬼邪太郎） 
ロケットぺんしる（才田雅孝） 

毎号のゲスト作品
単発作品の中から人気作品については後に連載化された。

ここいろ。（猫間琴美・創刊号） 
ようこそまん画科へ（こしじまかずとも・創刊号） 
えーりあんうぉーきん（マイケル原ワタ・第2号） 
らぶいも（ちんじゃおろおす・第2号） 
インヤン（沢樹隆広・第3号） 
天才!ちまちま団（天童まくら・第3号） 
れっチリ!（おおつかひろひこ・第4号） 
ここは不思議雑貨店（たむら純子・第4号） 
カニメガ大接戦!（なかま亜咲・第5号） 
まんけん（島本晴美・第5号） 
先生!!タイトルは必要なんでしょうか!?（胡桃沢太郎・第5号・目次漫画拡張版） 
ぶるぶるマイハウス（成原とんみ・第6号） 
花鋼（飴屋春妙・第8号） 
まいこ☆こねこね（じゃじゃまろ&猫乃七海・第9号） 
PRINCESSしずか（RustySoul&或十せねか・第10号） 
ぼんばーがぁる（むきゅう☆・第11号） 
モコココジェット（藤坂リリック・第11号） 
脱獄動物園（藤坂リリック・第12号） 
ファーストキスをよこしなさい!（飴屋春妙・第12号） 
華湖村月報（内々欅・第12号） 
みこ☆パラ（おおつかひろひこ・最終号） 
魔王のちチルチル（ちょぼらうにょぽみ・最終号） 
ララミーの冒険（加曾利りあら・最終号） 

他誌で連載継続の作品
出版社はいずれも双葉社。
コミックハイ!
ちびもの（東雲水生）→同誌にて連載終了 
ぴるぴる!（塚本ミエイ）→同社携帯電話向け有料電子書籍「ケータイまんがタウン ブルー」へ再移籍 
ぽてまよ（御形屋はるか） 

まんがタウン
いけだじゅん（ごむまり著者）が移籍、『美空のゆめプラン』を新連載。 
ÖYSTER（男爵校長著者）が『光の大社員』を新連載。 

まんがタウンオリジナル
（この雑誌は現在休刊中）

男爵校長（ÖYSTER）→掲載誌休刊に伴い、コミックハイ!に再移籍 
ふるーつメイド（寺本薫）→掲載誌休刊で連載休止、同社携帯電話向け有料電子書籍「ケータイまんがタウン レッド」へ再移籍（単独ダウンロードも可能） 
魔法使いくんとOLさん（刻田門大）→同誌にて連載終了 
他にボマーン（でゅあるてぃーちゃー著者）が移籍、『ほほかベーカリー』を新連載。→掲載誌休刊に伴い、まんがタウンに移籍

Men's YOUNG
以下作品は、2006年2月号（2006年1月28日発売）より連載開始

カニメガ大接戦!（なかま亜咲）→休載ののち「まんがタイムきらら」（芳文社）へ移籍 ]]></description>
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         <pubDate>Fri, 23 Jan 2009 19:09:59 +0900</pubDate>
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